残照身辺雑記

日々の出来ごとや感じたことなどのあれこれを記録します。

読書雑記帳 (12)人新世の「資本論」 斎藤幸平著(集英社新書)

「人新世の『資本論』」を読んだ。30万部超という話題の書である。経済・哲学・思想系の堅くて難しそうな書物がベストセラー!何故だろう?図書館に入っていたので、2か月待ちだが、興味本位で予約した。多分歯が立たない・・。読んで損はないだろう。

地球温暖化・脱炭素・SDGs・脱成長・デカップリング・Covid-19・格差社会・新しい資本主義など・・。誰もが関心を寄せるホットなキーワードである。

著者は、地球温暖化について、その原因と解決策を、明快で強烈なメッセージを発する。温暖化は、資本主義がもたらす必然的な結果であり、成長を必至とする現代の資本主義経済においては解決されず、人類は破滅に向かって進んでいると主張する。

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資本主義経済では、成長と資源収奪が世界中で繋がり合って、温暖化が加速度的に進行せざるを得ない。そして、成長と二酸化炭素排出のデカップリングは不可能であることを論証する。

そのうえで「脱成長のコミュニズム」こそが危機を解決する唯一の道であると結論している。

著者は「脱成長のコミュニズム」論を、近年発掘されたという、「資本論」以降の晩年期のマルクスの思想に求めており、本書の多くの部分をその論証に充てている。

著者は、自らの危機感を、読者に強くアピールする。挑発的でさえある。

「世界には、「脱成長のコミュニズム」に向けた様々な「萌芽」がみられる。システムの変革という課題が大きいことを理由に、何もしないことの言い訳にしてはいけない。参加することこそが世界を変える」と訴えかける。

さて、私の感想;

経済学のことは、無理として、興味深く面白く完読した。温暖化の危機と克服について、著者の主張が、専門的かつ多面的に、分かり易く語られる。"温暖化の抑制には脱成長への転換が必要であり“、それを実現できるのは、唯一"「脱成長のコミュニズム」である”と結論し、そこに向けた行動への市民の参加を訴える。

脱成長の社会の実現には、著者も触れているが、「欲望の抑制」と「利己主義の克服」が必要であろう。「心の変革」への挑戦である。そのような変革は可能だろうか。市民一人一人の参画が、うねりになって、世界を変えるのだろうか?

本書は科学技術には悲観的である。グリーン経済も二酸化炭素回収技術も、その他も、結局のところ、二酸化炭素量は地球の許容限界を越え、解決策にはならないという。科学に出番はないのだろうか?科学の否定はありうるのだろうか?多少なりとも科学技術に関わってきたものとしては気になるところである。

「脱成長のコミュニズム」であれ、どのような社会であれ、社会は科学技術に支えられる。経済システムと科学技術は社会の両輪である。科学技術を抜きにして社会の持続はあり得ない。人類は、科学の恩恵を受けて数々の危機を克服してきた。しかし、科学は、もろ刃の剣でもあり、同時に、環境への負荷でもあり続けた。科学もまた変革を求められている。危機を前にして、科学は、新しい挑戦をしなければならない。

人間の「好奇心」が科学の原点である。「好奇心」は「自然」に働きかけて、発見・発明をし、科学と技術を生み出してきた。そこに限界はない。科学と技術は無限の可能性を秘めている。困難を前にするとき、人間の「好奇心」は最高度にパワーアップされるだろう。科学は、地球汚染の元凶という不名誉を回復することを期待される。

さて、温暖化の危機は目前に迫っているという。時間的な猶予は数十年という。現代人にとって現実の問題である。しかし、かく言う私は、すでに平均余命7.4年。残念なことに、危機の先行きを見届けることができない。人間の「欲望」・「利己心」・「好奇心」はどこに向かい、どんな世界を築くのだろう?