残照身辺雑記

日々の出来ごとや感じたことなどのあれこれを記録します。

随感随筆 感じること思うこと

悲憤慷慨・切歯扼腕 もどかしい弥生三月。行き着く先は・・・?

弥生三月。草木がますます元気になる月というが、気分はすぐれず元気が出ない。核大国による脅しと暴虐。対するに、悲憤慷慨・切歯扼腕しかない現実。もどかしさが募るばかりである。行き着く先は「核抑止力」?それとも?厳しい選択が迫られる。 冷戦中に米…

5か月ぶりのBlog更新

Blogの更新が滞ってしまった。前回の記事が6月なので5か月になる。梅雨の長雨とCovid-19のせいにしているが、本当のところは、怠け心が優勢ということ。継続には強い心が必要だ。Blog途絶の危機にある。 秋晴れが続くうちに立冬。はやくも冬の入り口である。…

夏至の日食  Covid-19症候群にならないように

夏至の今日は梅雨の中休み。朝からの快晴で夕方の部分日食が拝めるかと期待した。ところが夕方には一転一面の曇り空になってしまった。 薄い雲を通して太陽は見えているが日食は無理。結局観測はできないで終わった。 梅雨の中休みは明日も続くとのこと。穏…

いつもの同級会が新年会になった

関西在住の学部同級生の新年会である。9名参加。体調不良にて欠席1名。中々全員参加とはならない。場所は平野町。久しぶりに御堂筋を歩いた。この時期の日暮れは早い。街灯とビルの光が美しく輝き始めている。昔が懐かしい。 集まった者のプロファイル。昭…

8月15日"天佑神助"が潰えた日  

湘南の暇人さんのブログ「無明庵」を読んだ。太平洋戦争中に頻出する四文字熟語"天佑神助”を論じて、無謀かつ悲劇的なこの戦争を戦った日本とその指導層の非科学性と無責任さがこの四文字に凝縮されているとある。あるものは"天佑神助"を恃んで命を捧げ、…

暑さが和らいで初夏の清々しさが戻ってきた  八十歳は傘の字に似ているので傘寿

還暦、古希、喜寿は、意識することなく通り過ぎた。80歳の傘寿はこれまでの区切りとは、少し、違うものがある。体力と意識が、急に年相応になってきたように思う。そんなことで、誕生日を越えるときも、何か意識するものがあった。 字が似ているからと、77歳…

みうらじゅん著「マイ仏教」感想 「じぶん念仏」と「幸せな走馬燈」作りは如何ですか?

先日、"みうらじゅん最後の講義"というNHK BSのドキュメンタリー番組を見ました。たまたまの視聴だったのですが、思いがけず素晴らしい内容で、ラッキー‼でした。それで氏の著書「マイ仏教」を読むことにした。 番組"最後の講義"は、各界の著名人が"最…

研究開発が成功するためには?・・産業革新投資機構が経産省と衝突!の報道で思ったこと

新聞の報道; “産業革新投資機構JICの社長が怒りの記者会見”-“民間出身の役員9名が辞任の意向”-“再出発から僅か3か月で空中分解!”―等々のニュースが派手に躍っている。JICが申請した役員の報酬体系を所管する経産省が承認しなかったことに対して、JICの…

読書感想 "ホモ・デウス (上) (下)"Y.N.ハラリ著  世の中何か納得できないなあ--と感じている人に

世界的ベストセラー「サピエンス全史」の続編 "ホモ・デウス"を読んだ。「全史」の方は読んでいないが、続編だけでも、内容は人類の過去から始まって未来が語られているので大丈夫。ただ「全史」もそのうち読んでみようという気にはなった。 本書は、人類…

夏のポトス/サマータイム

猛暑続きの8月が終わった。今年の夏は気温以上に暑苦しく思う出来事も多かった。スポーツに絡む気になるニュースが続いたが、極めつけは、サマータイム導入論の勃発!である。オリンピックファーストもここまでとは!と唖然とさせられる。 サマータイムには…

130年のタイムスリップ パーシバル・ローエルが訪れた名水の里黒部市三日市

16年前に書いた文章がUSBに残っていたので少し書き直してこちらへUpした。同級会で自分史的な文集を作ろうとの趣旨だったので、記録の意識もあって、中身が少々冗長です。生家は数年前に建て替えられてしまって、私が過ごしたころの面影は今は全くない。この…

最初の記憶のこと  「敗北を抱きしめて」ジョン・ダワー を読んだ

(2018.02.04.にUpした記事を修正) 白い粉塵の中で黒い機械が轟音を響かせている。息苦しさと騒音の中でその場所の過酷さを感じていた。最初の記憶は何だろうと考えるとこの光景が浮かぶ。母に連れられて姉を学徒動員先の紡績工場へ慰問した時のことという…

ブログの更新が滞ってスーパーボウルが間近になった バイキングスのQBキーナム選手

ブログの更新が進まないままに2月になってしまった。年賀状をきっかけに書き始めた記事が難行してしまった。いろいろ考えるうちに時間が経つ。でも折角なので最後まで行き着きたいものだ。 NFLスーパーボウルが間近かだ。年明けからのプレーオフのこの時期、…

ブログをはじめた訳(2) ブログ映え生活?

ブログを始めて2か月半になった。自分のために始めたことで、誰かに何かを伝えたいということではない。誰かの目に留まればそれはそれで嬉しいが、気恥ずかしい気持ちもある。多少なりとも受け入れられればいいのだが知る由もない・・。ということでブログを…

1939年(昭和14年)生まれ(続編)

前回は1939年(昭和14年)生まれの未来を考えた。今回はその裏返しの我々世代の終焉を考えてみよう。人はなぜ死ぬのか、人はいつまで元気なのか。 厚労省の生命表に年齢ごとの死因別死亡確率が示されている。75歳と100歳男性の死因は、心疾患15%/16%(75…

1939年(昭和14年)生まれ

昭和14年の出生者数は極端に少ない。生まれた者の数は1,901,573人で、その前後に比べると10~15%も少ない (昭和13年もかなり少ない)。日中戦争が始まったからという。欧州では第2次世界大戦も始まっている。戦争の申し子というべきか。ところが、小学校の…