残照身辺雑記

日々の出来ごとや感じたことなどのあれこれを記録します。

読書雑記帳 (8)嵐が丘/エミリー・ブロンテ

エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を読んだ。モームが世界十大小説に選んでいる超有名作品。魅力的なタイトルに誘われて読み始めたのだが、噛み応え十分、ブロンテが自在に繰りだす愛と復讐の世界に翻弄されることになった。

イングランド北部ヨークシャー地方。ヒースの荒野が広がる丘陵地に佇む「嵐が丘」屋敷「スラッシュクロス」屋敷。二つの屋敷を舞台に、家族三代にわたる愛と復讐の物語が展開する。失われた愛への思いが、主人公を復讐の狂気へと駆り立てる。怒りと怨念の物語は、復讐の完結に向かって突き進む。余りにも狂おしく暗く救いがないのだが・・。

作者が主人公ヒースクリフの怒りと狂気に託したものは何だったのだろうか。社会への怒りか。虐げられたものへの慰めか。狂気の愛への共感か。それともヨークシャーの自然への畏敬だろうか。

作者エミリーは、牧師家庭の6人兄姉妹の4女であった。3歳の頃の母の死、幼く虚弱な兄姉妹たちの相次ぐ病死。彼女にとって死は日常であった。物語でも死は次々と現れる。あまりにも多い死はそれを映すのだろうか。彼女が生涯暮らしたヨークシャーの冷たく荒涼とした自然、奴隷貿易リバプール、物語の背景は整っていた。天才はどんな霊感に打たれたのだろう。作者は、この長編一作を残して30歳の短い生涯を閉じた。

嵐が丘(上・下)/E・ブロンテ(河島弘美訳)/発行2004 岩波書店(原著刊1847)

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物語は、「スラッシュクロス」屋敷の借家人になった男性が、長年屋敷に女中として仕えた女性から、彼女が見聞きしたことを聞きだして、それを物語るという形で進行する。

従って、複雑な話が一層入り組んだ仕組みになる。そして、第三者目線での事実が語られるので、登場人物たちの苦悩や心情は、読者の想像に委ねられる。ストーリーも明示されない。読者は手探りで進まなければならない。注意しないと混乱してしまうようにできているのだ。

主人公の愛と憎悪と復讐の物語である。読んでしまえば単純な復讐劇とその結末の物語なのだが、迷わないためには、ゆっくり読み進まなければならない。ブログを書くために何度か読み返すことになった。

以下あらすじです(ネタバレ避けています);

嵐が丘」屋敷の住人アーンショウ家と「スラッシュクロス」屋敷の住人リントン家は、ヒースとぬかるみの荒れ地で4マイルも隔たって暮らしているのだが、人里離れたこの地では、隣家同士ということになる。

アーンショウ家にはヒンドリーとキャサリン、リントン家にはエドガーとイザベラという年の近い幼い兄妹がいることもあって、行き来は容易ではないのだが、二つの家族はそれなりの関わり合いを持っている。

ある日、アーンショウ家の当主が、出かけた先のリバプールの路上で、たまたま見かけた容姿も言葉も異様な孤児を、哀れに思って連れ帰ったことから物語が始まる。

孤児はヒースクリフと名付けられ、当主の庇護と愛情のもとに育てられるのだが、しかし、当主の突然の死去により、その運命は一変する。

アーンショウ家の当主を相続した息子ヒンドリーは、ヒースクリフが享受してきたもの一切を認めず、家庭内での地位、経済的な安定、キャサリンとの交流と好意、人としての尊厳、全てをはく奪してしまう。ヒースクリフに残されたのは、使用人としての屈辱的で過酷な労働であった。

ヒースクリフの出自がもたらす危うい立場が明らかになった。それが彼を人生のリセットと復讐劇へ向かわせることになる。ヒースクリフがアーンショウ家を出奔して3年。生まれ変わった青年ヒースクリフが立ち現れる。復讐のゴールは愛の貫徹と屋敷の奪取である。

そして、徹底的に狂おしく暴力的で激しく暗く救いのない物語が始まる。断たれた愛への執着と怨念、狂気に満ちた憎悪と復讐。登場人物たちは次々と命を落とし、復讐劇は主人公の思惑通りに進んでいく。といっても殺人事件ではありません。念のため。

ヒースクリフの復讐劇が果たして、どんな結末を迎えるのか。報われない愛の行方は?そして荒野に立つ屋敷の運命は?結末はぜひ作品を読んで確かめてください!