残照身辺雑記

日々の出来ごとや感じたことなどのあれこれを記録します。

暑さが和らいで初夏の清々しさが戻ってきた  八十歳は傘の字に似ているので傘寿

還暦、古希、喜寿は、意識することなく通り過ぎた。80歳の傘寿はこれまでの区切りとは、少し、違うものがある。体力と意識が、急に年相応になってきたように思う。そんなことで、誕生日を越えるときも、何か意識するものがあった。

字が似ているからと、77歳は喜寿、80歳は傘寿、88歳は米寿、90歳は卒寿、99歳は百マイナス一の白寿とは、長寿を寿ぐにしては、おざなりなネーミングではある。しかし、覚えやすくて忘れない。やはり、これでいいのかも。

連休から続いた暑さが和らいで、初夏の清々しさが戻ってきた。庭に3羽の小鳥がやって来て、1羽が咥えたエサの青虫を取り合って、戯れている。頬から首回りあたりが白いのが特徴的である。検索すると「シジュウカラ」。多分間違いない。羽の色に少し褐色が残っている。巣立ったばかりの幼鳥たちだろう。飛び回る様子にもどこか幼さがある。

5月「小満」。あらゆる生命が満ち満ちて、陽の光を浴びて、万物がすくすくと成長する季節という。幼鳥たちも無邪気に飛ぶ姿にそれを体現している。この季節に生を受けた自分も、清々しいこの5月にあやかりたいものだ。

5月のポトス ポトスを短く切り戻した

気温が上がるにつれて水植えのポトスに黒斑がでるようになった。傷んだ葉を取り除くが、次々と発生する。症状から見て黒斑病と思われる。とすれば重症だ。

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 小さな苗を水植えにしてから1年9か月になる。

元気に育って楽しませてくれていたが、とうとう病気が発生。

思い切り短く切り戻して様子を見ることにした。

また、元気に、ツルを伸ばした美しい姿を見せてくれるといいのだが・・・。

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人の元気さ具合は歩く速さで判るという  ~「歩行速度」と「平均余命」の関係~ 

起床するなり、気になるサクランボの木を見ると、防鳥ネットが外されている。聞けばヒヨドリたちがネットの隙間から出入りして、実はすっかり食べてしまったとのこと。危険がないと見破られてしまったのだ。収穫はほとんどなくなった。

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二人がかりでも仕掛けるのが大変だった防鳥ネットだが、妻は一人で片付けたらしい。

その上、脚立に乗って剪定を始めている。

来年はネットがすっぽり掛るように枝を切るという。

元気さに感心しながら「元気だね。大丈夫か」と声をかけると、

「年を取ったとか、体力が衰えたとか、最近よく言うようになったね。気持ちが元気でないと身体も元気でなくなるよ。」と返ってきた。

自分では元気なつもりでも、外から見ればどうなのだろう、元気の具合を測定することはできないものだろうか。気になるところだ。

「フレイル」という言葉をよく目にする。外国の老年医学の分野で、高齢者の健康の度合いを示す用語として用いられる「Frailty」(=直訳すれば「虚弱」や「老衰」、「脆弱」など)が、そのまま日本でも用いられるようになったという。

厚労省によれば、「フレイル」とは「健康と要介護の中間の状態のことで、適切に対応すれば、生活機能の維持向上が可能な状態」と定義している(厚労省研究班)。しかし、その判定についての具体的な基準は示めされていない。

「フレイル」の基準として良く紹介される例は、海外の研究者によるもので、次の5項目の内の3項目が適合すれば「フレイル」と判定するというものがある。

(1)体重減少:意図しない年間4.5kgまたは5%以上の体重減少
(2)疲れやすい:何をするのも面倒だと週に3-4日以上感じる
(3)歩行速度の低下 (4)握力の低下 (5)身体活動量の低下

要介護寸前のものを「フレイル」と判定して、指導・改善につなげるには役立つかもしれない。しかし「フレイル 度」といった定量性はなさそうである。

「歩行速度の低下」という判定項目が気になった。Walkingは長年続けているが、大概の人には追い抜かれるし、以前よりも時間がかかるようになった気もする。歩行の衰えが気になっているのだ。それで「歩行速度」について調べてみた。

加齢による心身機能の衰えが「歩行速度」に反映されるという研究がされている。年齢毎の標準的な歩行速度が判れば、これと比較することで、加齢の程度が判定できる。二つの研究レポートを見つけたので、自分の「歩行速度」について調べてみた。

【第一】は平均的な歩行速度の調査結果についての"横浜市スポーツ医科学センター"によるレポートです。下図は同レポートにある男性についてのデータを加工して作った図表です。年齢と共に歩行速度が低下しています。これと比べれば自分の歩行速度がどの年齢レベルなのかが判ります。

 

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私のWalkingのデータは次の通り;

  歩行距離:1,970m(片道、標高差42mの緩やかな登り)

  所要時間:30.0分  歩行速度:1970÷30=65.7m/min=1.10m/sec

これを上の図表に当てはめると、歩行速度から見た私の年齢は、約66歳ということになります。実年齢は80歳なので随分若いことになる。歩行速度は遅いと思っていたので意外な結果でした。

 

【第二】は「高齢者における歩行速度と余命」というそのものずばりの論文です。JAMA(米国医師会雑誌)という権威ある学会誌に掲載された論文です。

65歳以上の高齢者約3万5千人を対象に、最長21年間の追跡調査の結果、「歩行速度」と「平均余命」に相関関係があることが判ったとする論文です。結論となるグラフを引用すると次の通りです;

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80歳で歩行速度1.10m/sec(65.7m/min)という私のデータをこのグラフに当てはめると、平均余命は8.5歳という結果が得られます。同年齢の間でも、歩行速度が1.6m/sec(96m/min)と早い者は平均余命14年、遅い者では5年以下と大きな差があることが示されています。

論文は米国男性についてのものなので、体格差と歩行速度や平均寿命の差など、補正を要する点がありそうです。ただ厚労省が発表している平成29年簡易生命表では、80歳男性の平均余命は8.95歳です。なので大きくずれている訳ではありません。

気にしていた自分の歩行速度は、平均的であることが判って一安心。加齢と歩行は密接に関係しているという。颯爽と歩く姿は若さの象徴でしょう。元気な歩行を保ちたいものです。それは気持ちと心がけ次第。意識することにしよう。

立夏に入って季節はすっかり夏モード サクランボの実が微かに色づきました

立夏に入って夏日が続いている。季節はすっかり夏モードだ。

朝から鳥のさえずりが騒がしい。窓を開けるとサクランボの枝から灰色でくちばしが尖った鳥が飛び立った。検索すると色も形もヒヨドリに間違いない。検索ページには鳴き声ボタンまで付いている。再生すると朝から外で聞こえていた鳴声とそっくりだ。

サクランボは少し色づいたばかりなのに、ヒヨドリはもう待ち構えている。昨年はほとんど全部食べられてしまったので、今年は防鳥ネットを架けようと準備していたのだが、危うく手遅れになるところだった。

慌ててネットを架けたが、上手にかけるのは難しくて、隙間だらけだ。それでも今日のところは鳥たちは寄り付かない。効き目が続くといいが・・。

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次の朝になっても外は静かで、聞こえてくるのはウグイスの鳴き声だけ。ヒヨドリは未だ警戒を解いてはいないのだろう。取りあえずは一安心する。

ところが夕方になって外を見ると、隣の軒先にヒヨドリのつがいが並んで止まって、こちらをのぞき込んでいる。さてこの攻防はどう決着することだろう。無事収穫できるといいのだが・・。赤く熟すには1週間ぐらいはかかりそうだ。

10連休日記 後半編(2)長い休みが"風と共に去って"日常が帰ってきた

定年退職から16年になるが、仕事はやっているので”定年後”を知らない。10連休は”退活”?の機会かもしれないと普段とはギアを上げて過ごしてみたが退活?にはなりそうにない。”定年後”はやはりスローライフということか。

連休最終日の午後、NHKBSで"風と共に去りぬ"が13時から17時まで4時間ぶっ通しで放映があった。連休の終わりに丁度いいとのんびり鑑賞した。これまでも何度も見ている。テレビで字幕Full-version版をNon-Stopで見るのは初めてである。劇場でも見ていると思うが、TVとごちゃ混ぜになってはっきりしない。

字幕に1939年製作とある。クラーク・ゲイブルとビビアン・リーの生き生きとした主人公。彼らに勝るとも劣らない第三の主人公主題曲"タラのテーマ"。甘美でしかも希望に満ちたメロディが胸に迫る。全てが素晴らしい。80年前の映画とは思えない。

理解できない場面もある。アシュレイが銃で撃たれて負傷する秘密の会合。何が語られ、何があったのだろう?もう一つは、メラニーが、重傷のスカーレットの様子を尋ねるバトラーに、スカーレットが生死の境で”レット”と呼び続けていたことを教えない場面。なぜ教えなかったのだろう?小生のような、時代背景がよく判っていない者、そして、女性心理に不案内な者には、映画は少々舌足らずである。

原作の小説を読んでみたいところだ。そういえば、遥かな昔、同学の女子達がアシュレイ派vsレット派で盛り上がっていたことを思い出した。ミッチェルの「風と共に去りぬ」を読むのが当時一種ファッションであったように思う。勿論男子にでる幕はなかった。

かくして、タラのテーマの主題曲が、その圧倒的な力で、スカーレットの時代も、我々の昔の想いも、すべてを飲み込んで押し流していく。

久しぶりの出勤である。何も考えなくても、こなすべき仕事が待っている。安定した日常が帰ってきた。有り難いことである。受話器に「**様に電話して下さい」と附箋が張り付けてある。少し苦手な関係先の担当者の名前だ。心して仕事を始めよう。