残照身辺雑記

日々の出来ごとや感じたことなどのあれこれを記録します。

1月の寒蘭とポトス  寒蘭の残りの一輪が開花して二輪咲きの満開になった

クリスマスに一輪目が開花した寒蘭が、半月経って二輪目が開花して満開になった。赤花を二輪つけた花柄がまっすぐ伸びて少し小柄な姿が美しい。微かな香りが玄関に漂っている。これから1か月間は美しい姿と芳しい香を楽しませてくれる。

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我が家の寒蘭は自然任せ。いつもの年は花が全開になるまで戸外に出したままにしている。それで問題はなかったが、開花が立春を過ぎてしまうこともあったし、年内に開花との栽培の記事も多い。寒蘭の自生地は紀伊、四国、九州の太平洋岸の暖地である。九州からやってきた我が家の鉢たちには、大阪北部の当地の条件は少し厳しすぎるようにも思われる。

ということで今年は一輪目が開花したところで室内に取り込んだ。それで二輪目が早々と開花したような気もする。ひょっとしたら蕾が揚がった頃からのほうがいいのかもしれない。何がいいのか分からないままだ・・。

寒蘭の名前の通り大寒の頃の戸外の寒さにも耐えている。我が家にやって来てそろそろ10年になる。いろいろ気をもむが結局のところ自然任せしかできない。それでも毎年花を見せてくれる。いつまでも元気でいて欲しいものだ。

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ポトスのほうは窓辺の光にのんびり冬眠中だ。落葉することもなく元気にしている様子だ。夏に伸びたツルの若葉がレモンイエローに光っている。昨年の様子によれば活発に活動しはじめるのは6月になる。まだまだ先のことだ。 

正月初詣 亀岡市の出雲大神宮は出雲大社の本家?

元旦は穏やかな快晴。Walking日和に誘われて吉川八幡神社に初詣に出かけた。家から3kmでWalkingには丁度いい距離だ。駐車場がないので歩くしかない。なので家人は敬遠している。家族の分もまとめて参拝。

吉川八幡神社平安時代の冶歴年間(1065年~1069年)河内源氏の武将、源頼仲が吉川に在住していたときに創建したと伝えられ、主祭神は15代崇神天皇。旧社格は郷社。現在の社殿は安政3年(1856)の建立。妙見山の南西麓一帯の吉川、黒川集落の総氏神である。社殿は素朴な昔ながらの佇まいである。

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2日はいつものWalking。正月の公園は凧あげの絶好のフィールドだ。邪魔になるものがない。この日は丁度良い風の具合である。小さい子供も上手に高くまで上げている。

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一日おいての次の日には息子家族がやってきた。いつも、おやつの時間に合わせて、今が評判というケーキを持参してくる。今日はチーズケーキのアソートである。コーヒーと一緒に美味しくいただいた。スマホタブレットをかざしての談笑で盛り上がる。全ての話題がその画面の中にあるという訳である。

夕食はすき焼きパーティー。手間が掛からなくて、それでいてみんなが満足する、とは妻の弁。若い人たちの食欲にはいつも驚かされる。車で送るので小生のビールはノンアルコール。以前はこれが不満だったが、最近は味の区別が全くつかない。それで一緒に美味しく楽しめる。一家を送り届けてこの日が終わった。車で片道45分なので帰りはいつも遅くなる。

年明け最後のイベントは家族での初詣になった。近頃は初詣は亀岡市出雲大神宮に出かけることにしている。我が家からは車で45分。近隣では最も歴史があり由緒正しい神社と知ったからである。丹波国一宮、神階が最高位の正一位とのこと。

出雲大神宮は島根の出雲大社と間違えられやすい。こちらは京都府亀岡市にある神社である。社殿の創建は和銅2年(709年)とされ、主祭神大国主命三穂津姫命の二神。古来、神社の裏山の御蔭山を神体山として祀る信仰があったとされ、創建自体は、いわゆる神代に遡るとも考えられている。

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出雲大神宮は「元出雲」の別称でも呼ばれている。通説とは逆に、島根の出雲大社のほうが、当大神宮からの分霊によって創建されたとする社伝を伝えているので「元出雲」なのだ。ただ、社伝が根拠とする『丹波国風土記逸文は失われており不詳とのこと。 島根の出雲大社は明治時代前までは「杵築大社」と称しており、江戸時代末までは「出雲の神」と言えば亀岡の出雲大神宮を指していたとされる。両神社の関係は友好的で2009年の出雲大神宮の社殿創建1300年を機にして交流が一層深まっているという。

両神社の主祭神である大国主命は、誰もが知っている『古事記』・『日本書紀』に語られる有名な国譲りと社殿創建の神話の主人公である。国譲りはヤマト王権が確立する決定的なイベントであったと考えられる。出雲と大和の二大勢力の間でその抗争・折衝が行われたとき、両国の中間にあって、双方に国境を接する丹波国は何らかの特別な役割を果たしたのだろうか。社殿の創建が国譲りの交換条件であった。両神社の縁起にまつわる伝承は社殿創建に関わるその記憶を今に伝えているのかもしれない。

ということで出雲大神宮に到着。ここでトラブル発生。神社の駐車場への入り口の門柱に車を接触させてしまったのだ。行けると思ったのが運の尽き。10日ぶりの運転で勘が

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鈍っていたか?年齢のせいか?後の祭りである。塗料が転写しただけで傷にはならずに済んだのが不幸中の幸いか。折角の新年が台無しになった。 

ところが参拝を終えて帰り際に曳いた「おみくじ」が「大吉」!と出た。何とか験直しができた。元気を取り戻して帰った。 

波乱の年の予感である。 今日のできごとを教訓に!何事も無理は禁物!

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大晦日 ミニ断捨離とPC CleaningとブログのReview

年末の大掃除のつもりで自室の整理を始めた。机の回りだけだが一向に進まない。思った以上に色んなモノがあり一々引っかかる。結局中途半端なままで終わった。大いに反省。世にいう断捨離に取り組まないといけないかと痛感。今日のところはミニ断捨

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離で切り上げる。

断捨離の提唱者のやましたひでこ氏によれば、

"断捨離"は「不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、重荷からの解放を図り、身軽で快適で調和のとれた生活と人生をもたらそうとする思想」であり、ヨーガの行法である断行(だんぎょ)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用・実践してこれを達成するという。

断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
離:物への執着から離れる。

いずれの行法も容易なことではない。自分の場合を考えると

断:若い時に比べると入ってくるものは圧倒的に少ない。書籍は図書館でOK。自分の書き物や情報類はPC保存でOKだ。衣類を買うときは着なくなったものを処分することにしている。「断」はかなり実践できそうだ。

捨と離:本は結構捨てる。取っておくことにあまり執着はない。それでも残っている。だが二度と読むことはない。従って残ったものも処分するのが良さそうだ。

捨と離:問題は仕事関係の記録類だ。55年も前の手書きの頃からの報告書や業務記録が残っている。捨てるにしても一度は確認したいと思う。大げさに言えば自分の証。これだけは身軽になれないし開放もされない。自分がオリジナルのものは失うと取り返せない。執着というよりは何らかの形で区切りを付けたいものである。

ということで年末のミニ断捨離は最後まで残っていた本を始末して終了になった。机の上のスペースは少し増えた。年明けからはミニ断捨離もやりやすいだろう。

ついでに一年間お世話になったPCを大掃除。詳しくないので一般的なことになる;(1)ディスククリーンアップ(C:)、(2)キャッシュ・履歴の削除、(3)ドライブのデフラグ・最適化(Win10では自動設定になっていることを初めて知った。自動設定を確認した。)、(4)不要プログラムの削除。 問題なく終了。

さて1年間のブログのRreviewです。 ご訪問下さった方々にお礼申し上げます。自分のためのブログと言いながらも、訪問者数は気になることですし、励みにもなります。国内で1年間に公開されるブログ記事の総数は一説には50億件程度と推計されるそうです。あまたの記事の中から、ささやかなこのブログを訪問下さったご縁の不思議さを思い、又有り難いことと思わざるを得ません。願わくばブログ記事が少しでも皆様の慰め?(こんなときは何と言えばいいのでしょう?)になればと思います。

今年の記事数は今日の分を入れて54報になりました。少なくとも週1報はUpしたいと思っているので先ず先ず目標達成です。特に意味はないですがやり始めたからには継続が大切という気持ちです。しかし記事は数よりも内容でしょう。自分としては納得できる記事、達成感のある記事が書ければと願っています。ではよい新年を!